鳥蔵について

鳥 蔵 史

1986年、大阪の決して条件の良い場所とは言い難い場所で開業した「鳥蔵」。
鳥蔵の歴史は、店を担う大将 田那邊八郎の人生そのものと言えるでしょう。
鳥蔵を開業するまでに建築業に携わっていた田那邊は、当時通っていた “ きのえ ” という焼き鳥店の閉店を機に、この道に入りました。どこの店で修行をするのでもなく、” きのえ ” の大将がしていたことを見よう見まねで覚え、試し、やり直し、を繰り返しながらの毎日。

1軒目の店は内装も焼き台も自らが一人で作り、完成すると同時に親族を呼んで試食を行ったその翌日から開店しました。決して条件の良い場所ではなかったにもかかわらず、ミナミからの同伴のお客様などにも可愛がっていただき、縁あって心斎橋の店(現在、田那邊の弟子により営業)へ移ったのは開業から2年目のことでした。
繁華街ではあるものの、表通りに面していないこの場所での営業は、初年度は苦労を強いられましたが、常連客の方からの口コミなどで徐々にお客様も増え、バブル景気の勢いも伴い、お陰さまでご予約がおとりできない日もあるような店となりました。

30年の長きにわたり大阪の地に根をはることができたのは、ひとえに多くのお客様からの温かいご支援があってのことです。それが故に、お客様への感謝の気持ちは常に忘れることはありません。

鳥蔵について

田那邊 八郎

“ 独立不覊 ” という言葉が実にしっくりくる、己を信じて我流を貫く生粋の大阪人。
ミナミ界隈では、堅物、頑固もので通っているが、それは焼き場の前に立つその厳しい表情から見てとれる。我流を貫いたが故に身についた、鳥を知り尽くしたその男の焼き鳥は、” 炙り ” ではない ” 焼き ” に徹している。
焼き鳥は、会席料理や贅を尽くした料理ではない。
でも、大将が目指しているのは、その頂点、“ 極上の庶民の味 ” である。

「美味いものに頂点はない」

そう信じているからこそ、30年が経った今でも日々精進あるのみ、と謙虚さを忘れることはなく、食へのこだわり、美味しいものへの探究心は、決して衰えることがない。
そんな真摯な職人気質とは裏腹に、焼き場を離れたときの穏やかな表情とユーモアに満ちた会話は、まさに生粋の大阪人ならではの魅力であり、いつも客の心を和ませてくれる。

鳥蔵について

鳥蔵の焼き鳥

焼き鳥は、本来庶民の食べ物であるし、これからもそうあってほしい。
鳥蔵の焼き鳥は、常に「庶民の極上の味」であり続けるよう、日々心がけています。

“炙る” のではなく “焼く”

簡単なようでありながら、極上の焼き鳥をお客様に召し上がっていただくために最も重要なことであると考えています。
自信をもってお出しする素材を選ぶことはもはや当たり前のこと。
生産者から預かったその素材を最高の状態でお客様に提供する時は、30年が経った今でも常に真摯な気持ちでいたいと思っています。

いつも食べ慣れているはずの焼き鳥とは何かが違う。
鳥が苦手だったけれど、この焼き鳥なら美味しく食べられる。

このようなお客様からいただいた嬉しいお言葉を励みに、常にお客様の声に耳を傾け、お客様を理解しながら、より美味しいものを召し上がっていただくために精進してまいります。

店主 田那邊 八郎

Photographs by Masahiro Goda